アルマイト・多孔質材のアウトガス

見かけの面積では測れないガス放出源 — 陽極酸化皮膜、鋳物、樹脂、仮想リーク

アルマイト・多孔質材のアウトガス

到達圧力の記事で述べたとおり、アウトガスは表面積に比例します。ところが多孔質な材料では「見かけの面積」と「実効表面積」が桁違いになり、設計者の想定を大きく裏切ります。その代表格がアルマイト(陽極酸化アルミ)です。

アルマイトはなぜ真空に不向きか

アルマイト皮膜は、緻密な酸化膜ではなく無数の微細孔が垂直に並んだハニカム状の多孔質構造です。孔径は数十 nm、孔密度は 1 cm² あたり 10⁹〜10¹¹ 個のオーダーに達します。

この構造がもたらす影響:

  • 実効表面積が見かけの数百〜数千倍になり、そのすべてに水分子が吸着する
  • 孔の奥に吸着した水は排気コンダクタンスが極端に小さく、抜けるのに非常に時間がかかる
  • 封孔処理(湯洗い・ニッケル封孔)は耐食性を上げるが、水和した皮膜自体が水の供給源になる

未ベークのアルマイト面のアウトガスレートは 10⁻⁴〜10⁻⁵ Pa·m³/(s·m²) 級と、素のアルミやステンレス(10⁻⁶〜10⁻⁵)より 1〜2 桁悪い値が報告されています。高真空以下のチャンバー内面にアルマイト部品を持ち込むのは原則避けるべきです。

どうしても使う場合の指針:

  1. 真空側の面はアルマイトを剥離するか、マスキングして無処理のまま残す
  2. 装飾・絶縁目的なら、真空外側の面に限定する
  3. 中真空(〜10⁻¹ Pa 程度)までの用途なら実害が出ないこともあるが、排気時間の悪化は見込むこと

多孔質材料ぜんぶに共通する問題

アルマイトに限らず、内部に空隙や連続気孔を持つ材料は同じ問題を抱えます。

材料問題点対策
鋳物(アルミ鋳物・鋳鉄)鋳巣(内部空隙)がガス溜まり・リークパスになる真空用途には展伸材・鍛造材を使う。使うなら含浸処理
焼結金属・金属3Dプリント品連続気孔による透過リークと膨大な内部表面HIP 処理や含浸で気孔を潰す。無処理品は要リーク試験
セラミック多孔体吸湿量が大きい緻密質(アルミナ 99.5% 以上など)を選定
樹脂・エラストマー表面吸着でなくバルクに吸湿する使用量を最小化、事前の真空ベーク
ねじ穴・止まり穴閉じ込め空間が「仮想リーク」になるベントホール付きねじ、貫通穴化

表面吸着とバルク拡散 — 時間依存性が違う

アウトガスの時間変化を見ると、放出のメカニズムを推定できます。

  • 金属表面の吸着水: 脱離律速で、おおむね q1/tq \propto 1/t で減少
  • 樹脂・多孔質のバルク吸湿: 内部からの拡散律速で、q1/tq \propto 1/\sqrt{t} でしか減らない

qsurface1tqbulk1tq_{surface} \propto \frac{1}{t} \qquad q_{bulk} \propto \frac{1}{\sqrt{t}}

1/t1/\sqrt{t} は驚くほどしぶとい減り方です。10 時間引いて 1/3 にしかならず、100 時間でようやく 1/10。「一晩引いても圧力が想定より 1 桁高い。でもリークは見つからない」という症状の犯人は、たいてい樹脂か多孔質材です。

対策もメカニズムに対応します:

  • 表面吸着(金属)→ ベーキングで一気に脱離させる(150℃で十分効く)
  • バルク吸湿(樹脂)→ 温度を上げて拡散係数を稼ぐしかない。ただし樹脂の耐熱温度が上限。使用前に別チャンバーで事前ベークしておくのが定石

仮想リーク(virtual leak)

多孔質問題の親戚として、閉じ込められた空間からの遅いガス放出があります。

  • 止まり穴にねじを締めると、ねじ底に空気が閉じ込められる
  • 二重溶接(内外両側からの溶接)の間の空隙
  • 面接触で密着した部品の隙間

これらは He リークテストでは外部から He が入る経路がないため検出できません。症状はアウトガスと同じ「ゆっくりした圧力低下・頭打ち」で、切り分けが厄介です。設計段階で潰すのが唯一の real な対策です:

  1. 真空側のねじにはベントホール付き(ガス抜き穴あき)ボルトを使う
  2. 溶接は真空側から連続溶接、外側は断続溶接(空隙を作らない)
  3. 密着面には意図的にガス抜き溝を切る

まとめ

  • アルマイトは多孔質構造ゆえ実効表面積が桁違い。真空内面には使わないが原則
  • 鋳物・焼結・樹脂も同族。時間依存が 1/t1/\sqrt{t} ならバルク性のガス放出を疑う
  • 仮想リークは He リークテストに映らない。設計で予防する
  • ガス負荷の見積もりと排気系の評価には到達圧力の記事計算ツールを活用してください